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◉ 位 置 : 全南順天市 海竜面 城山里 山 84番地
◉ 概 要 : 史蹟第418号
地域の住民たちは安山又は剣壇山と呼び、地図にはピボン山と記されている海抜138.4mの低い山7~9阜の稜線に剣壇山城は造成されている。
麗水半島と順天市をつなぐ部分の要地である剣壇山(138.4m)の頂上部に位置しており、目の前に光陽湾が眺められる要塞地である。
順天の矮城とは2.5kmぐらい離れており、順天市から順天矮城へ行く道路の傍のある登山路に沿って15分ほど歩いて登れば山城に着く。
この山城は朝鮮山城、または漢城と表記され、丁酉再乱の時、朝鮮と明朝の聯合軍が新成里の矮橋城に駐屯していた倭軍と対峙しながら築いた朝鮮時代の山城として知られてきた城である。しかし、1996年情密地表調査と’98~’99年の2回にわたる発掘調査の結果、百済時代に築城した石城と判明した。城郭の規模は全体の長さが約430m、外壁の高さ1~3m(推定高さ約4~6m)、内壁の高さ2m以上、城壁の厚さ5mくらいである。山城の形式は典型的な堆積式(山峰にまるで帯を巻いたように山城を築いた形式)である。
城郭内部の発掘施設物としては門地3ヶ所、建物地3ヶ所、大型の井戸地1ヶ所、貯蔵孔2ヶ所の遺構と瓦類と土器及び木器類、石器類などがあり多様な遺物は山城と生活様相を理解するのに貴重な資料である。
一方、剣壇山城は丁酉再乱の時、朝明聯合陸上軍の指揮部が駐屯した戦迹地で,1598年 9月から2ヶ月間東へ約2.7㎞離れた倭城の小西行長と対峙しながらし烈な攻防戦をくり広げた壬乱戦迹地である。
◉ 交通便 (バス)
光州 ⇒ 順天市外共用停留場 ⇒ 順天市内バス利用 ⇒ 剣壇山城
光州 ⇒ 順天 (05:30 ~ 22:00、配車間隔 15分)
順天 市内バス 21番(順天駅 ⇒ 海竜面 ⇒ 新成포/1時間間隔)利用
◉ 交通便 (乗用車)
順天 ⇒ 麗水方面17番国道 ⇒ 海竜面 月田の交差点で左折 ⇒ 863地方道 ⇒ 7番市道利用
◉ 主要電話番号の案内
順天市庁 代表電話 061-742-3000
順天市文化観光課 061-749-3226
順天駅 061-744-7788
順天市外共用停留場 061-744-8877
順天交通 061-744-3703、061-753-6266
光州綜合バスターミナール 062-360-8114
光州駅 062-528-7788
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